【体験談】散歩中、不安や恐怖から、他の犬に吠えてしまう愛犬を叱るのは正しいのか?

【体験談】散歩中、不安や恐怖から、他の犬に吠えてしまう愛犬を叱るのは正しいのか? 

f:id:oka003:20190503005352p:plain


 

「散歩中、不安や恐怖から、他の犬に吠えてしまう愛犬を叱るのは正しいのか?」

 

この問いに対する答え、正直私にはわかりません。

正しいのかどうか、それは正直わかりません。

なぜかと言うと、実際、犬にインタビューして気持ちを聞けるワケではないからです。

 

なので、ここからは私が犯した愛犬「空(そら)」への失敗、「空」と経験してきたこと、それから悪戦苦闘して今、苦痛や不安を感じずに楽しく散歩が出来るようまでに至った実体験をお話しさせていただこうと思います。
かなり長い文章となっていますが、よろしければお付き合いください。

 

 

私の体験談

愛犬の『空』

 

私は、ずっと憧れていたゴールデンレトリーバーの子犬を、犬舎から家族として迎え入れました。

 

ゴールデンレトリーバーと言えば、

「人も犬も大好きで、いつも尻尾フリフリ、愛想が良い食いしん坊」

といったイメージを持つかもしれません。

 

『空』と名付けた、この我が家のゴールデンレトリーバーも、

マイペースではありましたが、まさにそのイメージ通りの犬で、人に対しても犬に対しても友好的な可愛らしいコでした。

 

ちょうど、『空』を家族として迎え入れた頃、私は犬の訓練所に勤務していました。

そのため、子犬だった『空』の社会化(他犬や他人に馴らしたりする)には、絶好の環境にありました。

 

当時、『空』にの社会化も1歳くらいまで順調で、他のどんな犬とも仲良く遊べるようになっていました。

 

しかし、私の失敗はこの後に始まります。

 

叱責

「もう犬には慣れたから大丈夫だろう」

と高をくくり、忙しさにかまけて、

『空』と、他の犬との接触極端に断ち切ってしまいました。

こうした状況が1年ほど続いた後、事件が起きてしまいます。

 

『空』が2歳を過ぎたある日の散歩中、同じオスの同年代の犬と出くわしました。

犬同士、目が合った瞬間からお互い目線をロックオンしていることがわかったのに、2頭を安易な気持ちで接触させてしまいました。

 

そして2頭はケンカをしました。

ここまではまだマシだったのです。

 

ここからが私の犯した大きな過ちです。

 

当時の私は、今とは違い、

「飼い主は犬をどんな時も従わせるべき」

と思い込んでいました。

 

「犬の悪い行動は力で抑え込んで止めさせる」

と思い込んでいた私は、ケンカした『空』のことをひどく叱りつけました。

 

『空』を家に迎えてから、最も怒りを爆発させたしまった瞬間だったかもしれません。

 

しかし、この叱責が、

『空』を変えてしまった瞬間だったと、今では思っています。

 

翌日から、散歩中に出会う他の犬に対して、『空』は、唸るようになりました。

唸ると同時に、鼻に皺も寄せて歯茎も見せるようになり、攻撃的になってしまいました。

 

1歳まで、他犬と遊べるほど、順調に社会化をし、他犬と遊べていた『空』が、1日にして変わってしまいました。

私が『空』を変えてしまったと言うべきかもしれません。

 

「犬を力で従わせるべき」

と思い込んでいた当時の私は、酷いことに、さらに過ちを重ねてしまいます。

 

「威嚇」の理由

今思うと深い反省の念しかありません。なぜあんな愚かな行為をしてしまったのか。

他犬に対し、唸り威嚇する『空」のことを、

「イケナイ!」

と叱ってやめさせようと必死になっていました。

 

他犬に対する「不安」や「恐怖」を植え付けてしまったのは私なのに、唸りや威嚇などの悪い行動の原因が『空』の中にあると決めつけていました。

リードと首輪を使って半ば『空』を吊り上げに近い状態で、唸ったり威嚇したりする度に叱り続けました。

 

本当に愚かな行為でした。

 

『空』があの様に威嚇したのも当然の行為だったのだろう、と今ではよくわかります。

他の犬とケンカした後に、

私にひどく叱られ怒りを爆発され、

他犬に対してたっぷりと嫌な印象を植え付けられたワケです。

 

当然そこから他犬を避けようとするのは必然でしょう。

 

他犬に対する「不安」や「恐怖」から、それを避けようとして出している唸りや威嚇などのボディランゲージだったのに、私はそれを無視しました。

 

『空』から発せられる言葉や感情を無視するどころか、その不安や恐怖に対して、力で制しようとしていました。

不安や恐怖を助長させるような行為をしていました。

情けない話です。

 

当然、唸りや威嚇が治るはずもなく、状況はさらに悪化していきました。

以前は10m近くに来るまでは症状は出なかったものが、唸り始める距離がどんどん遠くなり、20m、30m先に他犬を見つけただけで唸るようになりました。

 

『空』の立場に立って見れば簡単なことです。

ケンカを機に大嫌いな存在になった他犬に会う度に、私にリードで半ば吊られ、

「イケナイ!」

と叱られるのです。

 

他犬をより一層嫌いになっても当然ですし、より早い段階からそれを遠ざけたいと思うのは自然なことです。

 

 

本当にかわいそうなことをしました。

『空』には謝っても謝りきれません。

この、唸りや威嚇行動が続く限り、『空」にとってはもちろん、私にとっても散歩は憂鬱なものでした。

 

前から犬が歩いて来れば、私は緊張し、叱る準備をし、『空』も緊張状態に入りました。

こんなお散歩、お互いにとって楽しいはずがありません。

 

 

方向転換

問題行動が全く減っておらず、むしろ状況が悪化していることに気付いた私は、

「このままではいけない」

と、180度方向転換をしました。

 

『空』を飼った当初から、様々な分野の勉強をしてきたので

「問題行動の修正のやり方は一つではなく、今までの方法が『空』には合っていなかった」ということに気づくことが出来ました。

 

今の私であれば、犬の情緒面を変えていくには、オペラント条件付けだけではうまくいかないことがわかります。

 

『空」は、他犬への不安な気持ちから、唸りや威嚇を出しているワケです。

オペラント条件付け[1]固執して、

「唸りや威嚇を止めたら「イイコ」と褒めてご褒美を与える」

ことをしても、時すでに遅しなんです。

 

他犬に会っただけで半分溺れているようなパニック状態に陥っているのです。

溺れている犬に対して「イイコにしなさい!」と言ったって聞こえるはずもありません。

 

さらに自分の取っている行動とは関係なく他犬の姿が消えたらママの機嫌が戻るという経験を繰り返しているわけですから、他犬がいるとママの機嫌は悪く、他犬がいないとママの機嫌は良くなると学習するかもしれません。

 

私がここから方向転換して『空』のために始めたことは、

「『空』が他犬を見つけたり、意識しただけで、美味しいモノを口に放り込む」

ということでした。

 

『空」が唸ったり威嚇を始めたりする前がベストです。

ただ『空』が、他犬を意識しただけで、無条件に特別美味しいモノが毎回『空」の口に届けられます。

 

他犬との距離が近過ぎれば、既にパニックになってしまうので、当然食べられ状態ではありません。

 

なので、『空』が安全だと感じ、安心できる距離での練習をひたすら繰り返しました。

万が一距離が近くなり過ぎて、唸ったり威嚇しても決して叱りません。

 

無条件に美味しいモノを口に届けるだけです。

 

これは、『空』の取っている行動に対する報酬ではないので、『空』がどんな行動を取っていようが、何もしていなくても、

「他犬の出現=美味しいモノが提供される」

という学習の仕組みです。

 

皆さんも知っているかもしれませんが、有名な『パブロフの犬』と同じ原理です。

人間で言えば、「梅干し=無条件に酸っぱい」を繰り返し経験したことで「梅干しを見ただけで唾液が出る」のと同じ状態です。

 

ここで気を付けなければならないのは、「空」が安全と安心を感じていられる距離であるということです。

日々コツコツとこの練習を繰り返して改善してきていても、他犬との距離が近過ぎて不安や恐怖を感じ、吠え掛かり合いになれば、情緒面でも行動面でも逆行してしまいかねないからです。

 

その後

毎日の散歩で、私はひたすら練習しました。

必ずトリーツポーチを持って散歩に出かけ、他犬と近くなり過ぎないように気を付け、他犬に会ったら緊張せずに楽しい雰囲気を出し、美味しいモノを『空」の口に放り込み続けました。

 

私はプロのトレーナーです。

自分で言うのも何ですが(笑)、この私のタイミングをもってしても、憂鬱だった『空』との散歩が、楽しい散歩になるまでに半年以上かかりました。

 

半年以上掛かって、他犬の存在を見つけると『空」が

「ルンルン♪」

と私を見上げるようになりました。

 

とっても嬉しい変化でした。

 

このトレーニングを何年も続けても、今でも相性の悪い犬はいます。

お互いそれがわかっているので、無理に犬を近づけて我慢させるのではなく、飼い主同士遠方から会釈し、犬を近づけないように毎回去ります。

 

一定の距離が必要とはいえ、長い年月を懸けここまで改善し、『空』も私も散歩を楽しめるようになったのは、本当に喜ばしく嬉しい事です。

 

終わりに

f:id:oka003:20190503005413p:plain


 

『空』に対するあの時の自分の過ちに気づき、修正できたこと、

本当に良かったと思っています。

 

そして自分が経験したからこそ、不安や恐怖から吠え掛かっている犬を叱ることは逆効果なのではないか?ということを皆様に伝えたいと思って、今回の記事を書かせていただきました。

 

犬との散歩中、吠え掛かる犬を「ダメ!」と叱っている飼い主さんをたくさん見ます。

 

小さい子供に対する恐怖から震えながら唸っている犬に対して「ダメでしょ!」と叱っている飼い主さんをたくさんみます。

 

何の気なしに普段犬を叱っていることが、犬の情緒面にどのような影響を与えるのか。

その積み重ねが、犬の情緒面をどう変えていくのか。

今一度、考えてみましょう。

 

そしてその吠えの原因が何なのか、不安や恐怖によるものから来ているのか、追求して行きましょう。

 

吠えの原因が犬の中だけにあると思い込まずに、

その原因を避けられるように手助けしてあげたり、取り除いてあげることで改善するかもしれない、ということを皆さんにお伝えできたかなと思います。

 

私がしてしまった事と同じ過ちを、飼い主さんたちにはして欲しくはありません。

初めて犬を飼う時に、ワクワクした楽しかった気持ちを思い出してください。

愛犬と一緒に楽しくお散歩する姿を思い描いていたはずです。

 

もしそういう方たちが、現状犬を叱るばかりの散歩になってしまっていて憂鬱な気分を抱えているとしたら、悲しい事です。

 

それが散歩コースを変えたり、毎日の練習を積み重ねることによって変えられることを知って欲しい。

 

犬も人も楽しい気持ちで散歩出来なくては、お互いが辛いのではないでしょうか?

お互い、楽しい気持ちの散歩の方がいいに決まっています。

 

散歩中に、不安や恐怖から他犬に吠え掛かってしまう犬を、叱ってやめさせようとすることは果たして正しいのでしょうか?

 

もう一度皆さんの心の中で考えてもらえたら、と思います。

 

[1] ワンちゃんが自ら行動した時に「ご褒美」や「罰」を与えることで、その行動を強化させたり弱化させるしつけ方法

 

 

 

【栗林 純子】

空ドッグスクール

1972年生まれ。国立大学卒業後、大手金融サービス業の会社員を経てドッグトレーニングの世界に入る。家庭犬訓練所に入所し、実務経験を積む。ドッグスクールのインストラクターを経て、クリッカーレーニングを学ぶためにイギリスに短期留学。2004年に「空ドッグスクール」を立ち上げ独立。その後、犬の行動学を学び、米国CCPDT(Certification Council for Professional Dog Trainers)認定CPDT-KA国際ライセンスを取得。現在JAPDT(日本ペットドッグトレーナーズ協会)の事業企画委員を務める。空ドッグスクール代表兼ドッグトレーナー。

 

著書:犬から見える飼い主の姿